巨樹巨木巡礼の写真家 鎮守の杜の旅人 

           渡邊 典博のHPへようこそ

              森厳影向 神樹巡礼

影向。

神仏が仮の姿となって現れること。

巨木、巨岩、山、森、滝、岬、その他。

目には見えないが確かに存在する何かを感じたとき、

遠い昔から神と言ったり、仏と言ったりしてきた。

親鸞はこのひかりを無碍光、不可思議光と名付けた。

先祖達は神木を立て森の恵みによって生活をしてきた。

物質文明にあこがれて巨樹を切り倒し

白熱の太陽の中に出ていった人は

どこへ向い何をしようとしているのか。

山を削り、海を埋め、宇宙の富を奪い破壊して止まる事をしらず、

心は渇き切って荒んでいる。

居場所を失くした人々はやすらぎを願い、

生誕の地八百万の神々が住みたまう山や森の清浄な地域や

神木・聖地のある神社・仏閣などへ

心の拠り所を求めて彷徨うているのではないか。

 

渡辺典博

巨樹巨木巡礼の写真家 鎮守の杜の旅人 渡邊典博です。

巨木の写真を撮り始めて30年以上の月日がたちました。

3000本以上の巨木を撮影いたしました。

また現在の撮影テーマは“鎮守の杜と御神木”、そし自然神信仰の姿を追った“原始の社”

韓国や台湾にも撮影に行っております。

 

巨樹巨木、鎮守の杜と御神木に関するコンサルティングをおこなっています。

巨木や鎮守の杜に関する情報がほしい方、雑誌等の連載に巨木や鎮守の杜を載せたい方。

なんでもお気軽にご相談ください。 

また、皆様からの巨樹巨木、鎮守の杜情報もおまちしています。

 

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いつも 巨樹巨木巡礼の写真家 渡邊典博のホームページおよびブログをご覧いただき誠にありがとうございます。渡辺典博写真アート事務所です。

 

2015年6月2日 渡邊典博は 永遠の旅路へ、神の杜へ、最愛の妻の元へと旅立ちました。(この日は妻 紀子75回目の誕生日でした)ここに生前の御厚情を深謝いたします。

 

写真家の肉体は滅びましたが、その魂は写真に残っています。HP等を通じ、作品を発表していくことが写真家への何よりの供養になるかと思います。これからもこのHPやブログを続けていきますので、どうぞお時間ある時にはのぞいてみてください。そして、写真を通じて、写真家の思いを感じ取っていただけると幸いでございます。

 

今まで大変お世話になりました。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

 

渡辺典博写真アート事務所 一同

☆新着情報☆

 

ブログを更新しました。『佐久良東雄展』について 11月22日

★最新のブログ★

2017年

11月

22日

佐久良東雄展 石岡市立ふるさと歴史館

皆様こんにちは。巨樹巨木巡礼の写真家 渡邊典博写真アート事務所です。 日が短くなり、しんしんと冬に近づいていますね。この辺りもだいぶイチョウが色づいてきました。

 

さて、本日はお知らせです。石岡市立ふるさと歴史館にて『石岡が生んだ勤皇の志士の生涯 佐久良東雄』展が開かれています。

 

佐久良東雄とは・・・”江戸時代後期、文化8年(1811)にこの地に生まれた佐久良東雄は、国学を修め、熱烈な愛国者として多くの人々を指導しました。しかし、万延元年(1860)、当時の権力者・大老 井伊直弼を暗殺した桜田門外の変の関係者をかくまったとして、徳川幕府につかまってしまいました。獄中で東雄は、「吾、徳川の粟は食まず」と唱えて絶食し、自ら命を絶ったと伝えられています。享年50歳でした。』石岡市HPより

 

僧として、土浦真鍋村の善応寺の住職をしていた良哉(後の東雄)は国学の復古を志し、勤王を誓うために還俗。その足で鹿島神宮に参詣し、桜樹千株を奉献する。その桜にちなみ、佐久良靱負東雄に改名する(「靱負」(ゆきえ)には、雪のように潔く消える、という意味を込めている)。(Wikipedeiaより)

 

この桜は数年前に枯れてしまいましたが、今でも後継樹が花を咲かせています。今回は、写真家の撮影したこの東雄桜の写真が展示されています。ぜひ皆さまを足をお運びください。

 

<概要>

佐久良東雄展 石岡が生んだ勤皇の志士の生涯

 

2017年11月1日(水)~2018年1月28日(日) 月曜休館 (祝日の場合は翌日)

10:00~16:30

交通:JR常磐線 石岡駅西口より 徒歩12分 駐車場有

 

住所:茨城県石岡市総社1-2-10 石岡小学校敷地内

電話:0299-23-2398

 

石岡市立ふるさと歴史館 HP

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