2012年

10月

19日

伊勢神宮旅行記

鹿島則文です。似ていますか?
鹿島則文です。似ていますか?

私の母方のいとこ、鹿島神宮をルーツに持つもの同士で

伊勢神宮と曽祖父鹿島則文をしのぶ旅行に行ってきました。

 

東京駅にて集合。新幹線で名古屋へ向かいます。

本当はこの旅行を絡めて撮影旅行にする予定でした。

なので、私だけ車で参加する予定だったのですが

リハビリ中なので断念しました・・・。

いとこ同士なので、気心しれており、年齢も年齢なので旅程はゆっくりです。

今回の幹事は先日キリマンジェロ登山をしてきた行動派。

安心してまかせていられます。

 

伊勢につきましたら、外宮の見学をします。

観光協会のボランティアガイドさんをお願いし広い神宮内を周ります。

私が楽しみにしていたのは『清盛楠』。

私の尊敬する本多静六氏の本にも記述にあり、見てみたい樹でした。

平清盛が勅使として参向したとき、この木の枝が冠に触れたため怒って西側の枝を切らせた、

という伝承によってこの名で呼ばれています。

樹齢1000年に近いといわれる清盛楠はすでに平安時代末期には大樹であったのでしょう。

昭和34年の伊勢湾台風のときに中央部分が裂けて倒れてしまい

このように2本あるような姿に変わってしまったようです。

確かに楠としては変わった形です。ちょっと思っているのとは違う樹でしたね・・・。

 

夜は神嘗祭に参列しました。

しかし、私は病み上がり。寒さもあり早々に中座させていただました。

元気な若者(?)チームは12時ころまで参列していたようです。

(当初の案では2時のご朝食まで見届ける予定だったようです。←さすがキリマンジェロ!)

 

翌朝は皇學館大學の見学をしました。

鹿島則文は鹿島神宮の宮司であり、伊勢神宮の大宮司を勤めた以外に

皇學館大學の開学にも尽力しました。

皇學館大學の資料館の中には則文の写真も飾ってあります。

私に似ていますね。どうでしょうか?

かつては、八丈島に島流しされていたこともありました。

それは、尊王思想を鼓吹していたため江戸幕府に目をつけられてしまったためでした。
3年間に亙って八丈島で流人生活を送り、その間に寺子屋を開いて,学問を講じ,島民の教化にも当たった。

とされています。 

祖先の人生にふれ、改めてその偉大さに驚きました。

皇學館の先生方にももてなしていただき楽しいひと時を過ごしました。

 

そしていよいよ正式参拝です。参内し、参拝をします。

奉納のお神楽を見学。優雅な時間が流れていますね。

神嘗祭の行列も見学します。神職たちがしずしずと進んできます。

黒田清子さんが臨時神宮祭主をつとめられています。

 

お昼はおかげ横丁で伊勢うどんを食べました。病み上がりの身にはちょうどいいランチですね。

ここで、私は帰路につきました。

 

一時はどうなることかと思いましたが無事に参列できて本当によかったです。

いとこ同士の絆を深め、祖先の偉業に改めて触れることができ

とても有意義な旅行となりました。

伊勢神宮でパワーを充電しましたので、これからもがんばれそうです。

来年は20年に一度の式年遷宮の年です。

皆さんもぜひ、伊勢神宮に参拝なさってください。

 

ボランティアガイドさんに案内してもらいました
ボランティアガイドさんに案内してもらいました
清盛楠です。3本に別れてうちの1本は枯れたそうです
清盛楠です。3本に別れてうちの1本は枯れたそうです

皇學館大學にて
皇學館大學にて
曽祖父を偲びます
曽祖父を偲びます

宇治橋鳥居の前で
宇治橋鳥居の前で
橙のはかまが黒田清子さんです
橙のはかまが黒田清子さんです

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